ベイエリアの今: 新しいオフィス「コ・ワーキング」

2016/06/10

カテゴリー:Silicon Valley Now 社会・環境

2016/06/10

Vol. 203

ベイエリアの今: 新しいオフィス「コ・ワーキング」


 今月は、サンフランシスコ・ベイエリアらしいお話をどうぞ。

 ひとつ目は、新しいオフィスの形態。お次は、ベイエリアの住民が抱える「不平不満」のお話です。


<オークランドへどうぞ!>
 先月5月号では、日本貿易振興機構 JETRO(ジェトロ)のイベントをご紹介しておりました。

 『日本で新しいビジネスチャンスをつかめ!』という、地元の起業家向けのセミナー。

 このイベントが開かれたのは、サンフランシスコ市の対岸にあるオークランドという街。そして、JETROとともにイベントを共催したのは、2.Oakland(トゥーポイント・オークランド)という地元のビジネス団体。
 

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 オークランド(Oakland)といえば、日本では、野球のオークランド・アスレチックスやバスケットボールのゴールデンステート・ウォリアーズで知られるところでしょうか(写真は、昨年と今年のMVPウォリアーズのステッフ・カリー選手。チームも2年連続優勝に向けて、まい進中)

 サンフランシスコからは、有名な映画『卒業(The Graduate)』に何度も出てくるベイブリッジ(the Bay Bridge)を渡った先にありますが、BART(ベイエリア高速鉄道、通称バート)という地下鉄を使うとすぐの場所です。

 わたし自身も、サンフランシスコの金融街からBARTに乗りましたが、ン十年ぶりに地下鉄で海(サンフランシスコ湾)をくぐったので、なにかしらイギリスみたいな「外国」を鉄道で走っているような錯覚におちいりました。

 まあ、サンフランシスコやサンノゼ界隈の人間にとって、オークランドはほとんど「未知の世界」ではありますが、それはひとつに、ローカルニュースで街の名が出てくるときには、凶悪犯罪のケースが多いことがあるでしょうか。
 

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 ところが、19番街の駅で降りてメリット湖(Lake Merritt)へ向かって歩いて行くと、ちょっと人通りが少なく、さびしい印象はあるものの、「危険区域」というイメージは吹っ飛んでしまいます。
 道路や区画のあちらこちらで改修工事がなされていて、これから盛り上がってくるような(up-and-coming)清潔なイメージです。

 そして、メリット湖の湖畔に建つ会場が、また「新しいコンセプト」のビルなのでした。
 

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 こちらは、The Port Workspaces(ポート・ワークスペース)というグループ傘下の建物ですが、何が新しいかって、会員制(subscription-based)のレンタルオフィスになっているところ。
 つまり、月額料金を払うと、グループ傘下のオフィススペースを自由に利用できて、メンバーのために開かれる朝食やランチ、ハッピーアワー(夕方のドリンク)などの親睦イベントやセミナーにも参加できるようになっています。

 「ひとり〜ドル」といった料金体系になっているので、たとえば「今月うちはメンバー3人だったけれど、来月からは5人に増えるよ」といった状況でも、電話一本で気軽に対応してくれます。
 ですから、「あ〜来月からデスクが足りないけど、どうしよう? そろそろ広いところに引っ越すかなぁ?」などと、いらぬ心配をしなくても済むのです。
 

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 僕はデスクなんか必要ない! という放浪型の方は、一番安価な「coworking(ともに働くコ・ワーキング)」のメンバーシップに入れば、ワークスペースやラウンジ、会議室を自由に使えます(写真は、貨物船のコンテナを再利用した会議室。コンテナのリフォームは、今アメリカで流行っています)。

 この「コ・ワーキング」が生まれた背景には、こんな狙いがありました。
 ただでさえ忙しいスタートアップ(起業したての小さな会社)のために、オフィススペースという悩みの種をつぶしてあげましょう。
 そして、ひとりでポツンと働くよりは、誰かしら同じ業種の悩みを抱える人と話しながら働く方がベターなので、そんな理想的な環境を提供しましょう、というもの。
 

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 なんでも、こちらのビルは、1960年代に建てられたショッピングモールだったところで、何年も使われていなかったのを Port Workspacesグループが一年半かけて改修し、2月中旬にシェアスペースとしてオープン。
 このガラスに覆われた一角は、以前は「宝石店」でした。そして、各階をつなぐエスカレーターは、オフィスビルにしてはかなり長く、言われてみれば、ショッピングモールを彷彿とさせます。

 Port Workspacesグループは、こちらのビルの他に、海沿いのオシャレな地区(Jack London Square)にシェアスペースを二箇所展開しています。
 どちらも20世紀初頭に建てられたレンガ造りのビルを再利用。昔のビルは、骨組みも丈夫だし、レンガの質も良く、内部をリフォームするだけで立派なオフィススペースになるとか。
 

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 こちらのビル改造計画は、地元ビジネス団体 2.Oakland(トゥーポイント・オークランド)の開発プロジェクトの一環。6月1日には、オークランドのリビー・シャーフ市長を招いて、華々しく開所式も行われました。
 「金融街」とも呼ばれる、ここメリット湖畔のビジネス地区を、もっともっと活性化していこう! というプロジェクトなのです。

 メリット湖は、オークランド中心部にある大きな湖で、湖畔には住宅街やオフィス街が広がる、自然豊かな静かな環境。ジョギングやサイクリングを楽しむ人も目立ちます。
 

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 お隣には、カリフォルニア最大の病院・医療保険グループ、カイザー(Kaiser Permanente)の本拠地もあって、1ヘクタールを超える屋上庭園は、窓から眺めると絵画のように美しい借景となります。

 お昼時には、周辺のビルから人が一斉に出てきて、庭園は活気に満ちあふれるそうですが、そんな「都会のオアシス」がオークランドにあったなんて、まったくの初耳(初体験)なのでした。

 新しく生まれ変わりつつある「オークランド」の街並みに「会員制のコ・ワーキング」スペース。

 なるほど、次はオークランドだな! と予感した一日でした。


<ベイエリア住民の悩み>

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 というわけで、お次は、サンフランシスコ・ベイエリアの世間話をどうぞ。

 近頃、「シリコンバレー」を含めたサンフランシスコ・ベイエリアでは、住民の考え方がちょっと変わってきたようにも感じるのです。

 ひとつに、大企業に勤めるか、スタートアップ(起業したての小さな会社)に勤めるか? という選択。

 今までは、圧倒的に「スタートアップに勤めて、一攫千金を狙う」というのが、テクノロジー従業員の夢でした。
 そう、「一攫千金」とは、会社が株式市場に新規公開(Initial Public Offering、通称 IPO)して、自分が持つストックオプション(自社株の購入権)が、とてつもなく大きな価値を生み出す、ということ。

 ところが、昨年あたりから、医療・バイオテクノロジー分野はべつとして、純粋な IT系企業の IPOが難しくなっています。
 今年はさらにスローペースで、先月 IPOを果たしたSecureWorks(セキュアワークス: Dell傘下のサイバーセキュリティ企業)が、初のテクノロジー企業のIPOとなりました。しかも、「公開価格は、もうちょっと高くても良かったんじゃない?」と言われながら・・・。

 そして、昨年あたりから、資金の調達も難しくなっています。ベンチャーキャピタルが起業資金や運転資金を出し惜しみするようになって、スタートアップが資金調達しようとしても、なかなかお金が集まらなくなったのです。
 一時は「スマートフォンアプリ」と名がつけば、どんどんお金が注入されたのに、現実を直視するようになった機関投資家が、ビジネスモデルを厳しく精査するようになり「ケチ」になったのです。

 そんなわけで、「一攫千金の夢も遠そうだし、リスクの高いスタートアップよりも、安定したでっかい企業に勤めた方がいいかなぁ?」というテクノロジー従業員が増えているようです。
 とくに、学校を出たての若いエンジニアにとっては、軌道修正は楽ですから、「給料も福利厚生も充実した大企業に鞍替えしようかなぁ?」との迷いが見られる、と耳にします。

 そんな風に、仕事の上で「迷い」が生まれると、世の中すべてが灰色に見えてくるものですね。
 

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 もともとサンフランシスコ・ベイエリアは、地理的には小さなエリアですので、人口増加に伴って街が過密化すると、当然のことながら、交通事情と住宅事情が悪化します。

 「道路はいつも混んでるし、家は高くて住む場所もない!」

 だから、経済が低迷して、じっと息を凝らした世界金融危機(the Great Recession:俗に「リーマンショック」)の数年前が、懐かしくさえ感じるのです(写真は、サンフランシスコ半島を西から眺めたところ。対岸がオークランド市)

 先月発表された世論調査によると、実に3割(34%)のベイエリア住民が、「今後2、3年のうちにベイエリアから出て行きたい!」と答えたそうです(The Bay Area Councilが住民1,000人にアンケート)
 

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 言うまでもなく、交通事情と住宅事情が主な原因ですが、いつも「全米ワースト3」に挙げられる道路渋滞のおかげで、年間平均60時間くらいは通勤に無駄遣い。
 運転している間は本も読めないし、ときに完全に停止する高速道路の流れにイライラはつのるばかり。

 そして、家の値段ときたら、信じられないくらいに高騰していて、今や「100万ドル(一億円超)」という7桁の価格に算定される住宅は、サンフランシスコでは6割近く、サンノゼでも半分近くに上るとか。

 いえ、今では「100万ドル」は普通の家になってしまったので、高級住宅(luxury homes)という言葉は、200万ドル(二億円超)以上の家にしか使いません!
 

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 こちらの風刺漫画は、「Affordable Housing 271 miles(お手頃な住宅地は271マイル先)」という看板を前に、都会から何百キロも続く道路の渋滞。
 車のラジオからは、「どうして近頃カリフォルニア人は不機嫌か? について、最初のお電話はトレーシーのトッドさんから」と聞こえてきます(Cartoon by Tom Meyer / The Mercury News, May 13, 2016)

 そんなわけで、「いったい誰が家を買えるのよ?」という単純な疑問が頭に浮かぶわけですが、こんな統計があるんです。
 20パーセントを頭金として、30年ローン(年率4%の利子)を組んだ場合、平均的な家を買うのに、いったいどれくらいの年収が必要か? という統計(住宅価格には、売買物件を上下半数に分ける中間値(median price)を採用)

 それによると、サンフランシスコでは、133万ドルの平均的な家を買うのに必要な年収は、26万ドル(110円換算で約2,900万円)。
 俗に「シリコンバレー」と呼ばれるサンタクララ郡では、97万ドルの平均的な家を買うのに、19万ドル(約2,100万円)。
 それだけ年収があるのは、サンフランシスコでは世帯数の13パーセント、サンタクララ郡では22パーセントだとか(Data by the California Association for Realtors for the 1st Quarter of 2016)
 

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 アパートを借りるにしても、今や、サンフランシスコとサンノゼは「全米ワースト1位と3位」。
 ベッドルームひとつの部屋を借りると、ひと月の平均家賃は39万円と25万円ということです(110円換算:Data by Zumper for May 2016; 写真はサンノゼ市の中心部)

 不動産業のご近所さんが、「娘が大学を卒業してベイエリアで働きたいから、いい部屋はないかなぁ?」と他州の友人から相談を受けたそうです。
 答えにつまりながら、「ひと月十数万円の予算だったら、誰か友達とシェアするしかないかもねぇ」と返事をされたとか。

 う〜ん、それじゃあ、多くの人が「出て行きたい!」と言うのも十分に理解できるわけですが、そこがサンフランシスコ・ベイエリアの恐ろしいところ。
 たとえ10人が出て行ったとしても、代わりに15人が入ってくるのです。

 それはどうしてか? と考えると、たとえ成功するのが「千人に一人」だったとしても、「十人に一人」は成功する! と思い込めるような、前向きな文化が根付いているからかもしれません。
 

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 そう、ちょうど19世紀後半にシエラネヴァダ山脈の金鉱に世界じゅうから人が集まった「ゴールドラッシュ」のように、テクノロジーという金鉱には、いつまでも人が群がってくるのでしょう。

 「俺はシエラネヴァダで金を掘ってたんだぞ!」という昔の言葉と、「俺はシリコンバレーのテクノロジー企業に勤めてたんだぞ!」という今の言葉は、同じくらい夢を誘う響きなのかもしれません。(写真は、ゴールドラッシュの街オーバーン(Auburn))


<おまけのお話: アップルの「スペースシップ」>

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 そんなわけで、シリコンバレーの渋滞は悪化の一途をたどっていて、現在建築中のアップルの本社(写真)も、周辺住民が戦々恐々として見守っているひとつでしょうか。

 「スペースシップ(宇宙船)」と呼ばれる巨大な円形の本社ビルは、幹線道路フリーウェイ280号線のすぐ脇。今のアップル本社のちょっと東になりますが、完成の暁には、ただでさえ「アップル渋滞」の起きる280号線の通勤事情が、さらに悪化する、と予想されています。

 が、その一方で、喜ぶ人も。

 この辺りは、昔は畑や果樹園だったところで、住宅地になったのは、戦後の1940年代。戦争から戻ってきた兵士の方々のために、お手ごろ価格の住宅地が開発されました。
 

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 今でも、昔ながらの平屋建て("flattop")の多い静かな住宅街となっていますが、巨大なアップル本社がプランされた頃から、現代の「金鉱(gold mine)」ともなっているとか(Artist rendering of "Apple Campus 2" from the City of Cupertino website)

 そう、アップルやテクノロジー企業のオフィスにも近いし、学区も優秀なので、ここに住みたがる人が多いんです。ですから、「あなたの家を売ってくれますか?」と扉を叩く不動産業の人も後を絶たず、住民にとっては、まさに金鉱の上に住んでいるようなもの。

 65年前に 6,700ドルで買ったとか、55年前に 13,400ドルで買ったという家が、今では「百万ドル」を軽く超えるわけですから、すごい投資リターンというわけです。
 

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 なんでも、この辺の古い平屋建てが大きな家に建て替わると、「マックマンション(McMansion)」と呼ばれるとか。
 言うまでもなく「マック」は「アップル従業員」や「テクノロジー従業員」を指し、「マンション」は「(この辺には不釣り合いな)豪邸」というニュアンスです。

 でも、家を売ってしまったら、行くところがないのが実情かも・・・。

(Reference cited: "Silicon Valley's latest gold mine" by Richard Scheinin, The Mercury News, June 6, 2016; Last photo by Gary Reyes)


夏来 潤(なつき じゅん)
 

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